家出してできた、父との和解。

高校3年生の2学期に、進路のことで父親と口論したことがきっかけで家出をしました。
当時の私は、大学付属の私立高校に通っていましたが、そこで数年にわたり先輩からストーカー行為をされていました。大学へこのまま進学してしまったら危険だと思い、父に付属の大学には進学したくないということを伝えました。
父は典型的ながんこ親父タイプで、子供の教育については全て母にまかせきりでした。仕事人間で家族と語らったり、楽しい時間を共有したりしたことはなく、親子の信頼関係は希薄でした。
そんな関係の父と私のあいだで、まともな会話ができるはずもなく、私の大学進学拒否はただのわがままと受け止められてしまいました。
もともとその高校は父が上司に勧められたもので、私が入学、進学することで父と上司との関係も円滑にいっていたのでした。父の自分の都合しか考えないところ、子供はただ自分のいうことに従っていればよいのだという姿勢、そして何より私の言葉に耳を傾けてくれないことに腹をたて、私は置き手紙を残して家出を敢行したのでした。
それまで私は家でも外でも従順な、すなおな子供と思われていました。私自身、子供は親に逆らうべきではない、養ってもらい、学校へ行かせてもらっているのだから、親の言うことは必ず聞かなければいけないと思っていたのです。でも自分の将来のことを考えたとき、すべてのことを親の指示を受けていかなければならないと考えたら、いてもたってもいられなくなってしまったのです。
私は学校の荷物と着替えをまとめ、友達の家に泊まり込みに行きました。友達の親からも素直ないい子と思われていたので、まさか家出してきたとは思わなかったのでしょう、快く泊めさせてもらいました。友達の家から学校へ出向き、教室にいけばストーカーが待機していたので屋上へ逃げ授業をさぼり、これからどうしていいのかわからないまま数日過ごしていました。
ある日職員室へ呼ばれて行ってみると、母から電話で事情をきいた担任が待ち構えていました。これまで良い生徒だった私がさぼったり、家出をしたときいて心配してくれていたようです。私は父とのやりとりを話し、このまま大学へ進学することはできないと訴えました。
担任の先生はまだ若くて教師としての経験は浅かったけど、私と一緒に色々考えてくれて、両親に私の気持ちを伝えてくれました。そして、家に戻ってもう一度話し合うように言われました。
家に戻ると父が一言、「お前の気持ちはわかった。好きにしろ」といい、それから進路に関してなにも言われなくなりました。あとから母にきいたところ、私が留守にしていた間、父は相当心配してくれていたようです。私のことなんて何も考えてくれていないと思っていましたが、それを聞いて少しうれしく感じ、心配をかけたことを申し訳なく思いました。
その後私は専門学校へ進学し、充実した生活をおくることができました。荒療治だったかもしれないけど家出したことで父の気持ちを知ることができた経験はこれからもずっと私の心の中に残っていくと思います。

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